第3回聖書・み言を学ぶ会 in岐阜

📕5月24日(火)第3回 「聖書・み言を学ぶ会」を開催致しました
🌊高橋まゆみさんからのメール便り!✨岐阜IIImission
 
 三代圏教会が今月のテーマとして臨んでいる「聖霊さまによる祈りと救い」に意識を向けて、💌三代圏教会メール通信便り!のVoL30〜VoL34を順番に訓読し学びました。
 
『 私達が神様から聖霊の賜物を受ける存在となった時、どの様な「私」自身になる事が出来るの でしょうか。
それは、神様の叡智や理解力、判断力や勇敢な心が生まれ、神様を知り、愛し、敬う心情や心が生じてきます。
 
その結果、稔りとして聖霊による霊的救いによる、御霊の実を結ぶ品格が身に付いてくるのです。
 
私の中に、今までにない愛と喜びと平安な心。忍耐強く親切で善意な心。誠実で柔和でしかも自らを主管出来る心が自分の中に生じてきます。
 
その聖霊をいかにして我が心に迎える事が出来るのでしょうか?

  求めよ!そうすれば与えられるであろう。
  捜せ!そうすれば見出すであろう。
  門を叩け!そうすれば開けてもらえるであろう。
  しきりに願うので神様は私達に最高の贈り物として「聖霊さま」を授けてくださるのです。』

〈さて、私達は「聖霊さま✨」を真剣にしきりに求めた事があるのでしょうか?〉をテーマに心情交流をしました。

   一人の姉妹の証を皮切りに、とても恩恵深い内容の一日となりました✨
姉妹は、聖霊降臨日の15日の朝、カトリック教会への礼拝をギリギリまで迷っていたそうです。
大垣には「行きたい」と思う様な教会は無いし…。「行きたくない」と言う思いの方が大きかったそうです。
しかし…📕✨
「原理本体論」を開くと「光栄の冠」のページが目の前に現れました。
真のお父様が数えの16歳、復活節の日、聖日の朝に神様に出会い、神様の命を受けてみ旨の道を出発される時に書かれた祈祷文形式の詩でした。
突如霊界に押し出され「行こう!」と決意し近くのカトリック教会に出かけたそうです。

「聖霊の宿る事の出来ない教会はただの箱にすぎない。聖霊と共に歩まなければならない。」また、スポーツチームの話をされ「強いチームはインスピレーションを持ったリーダーがいる。その人を通じて強くなる。霊的に強い高いアンテナを持っている人を除けばそのチームは弱体化していくのです。」

そこでのみ言はとても良いと思いましたが、神父様も淡々と語り、参列するクリスチャンも聞き入るわけでもなく下を向いて、とても復活している様子ではなかったようです。

この礼拝のみ言を通して、私達もまた、聖霊さまを迎えなければ「生きているとは名ばかりで実は死んでいる。」のだなぁと感じたそうです。

私達に今必要とするものは、聖霊さまを恋慕い求める主体性ですね!✨

聖霊さまが共に居て下さり御霊の実を結ぶ品格を身に付け、神様に美をお返し出来る私達になりたいと心から願いました🙏✨

この5月は、個人的、家庭的ペンテコステを迎えた証を皆各自が持つ事が出来ました。本当に一人ひとりの心がうるおい満たされた時間となりました。

最後に
平井夫人から提案をして頂いた内容ですが、み言と私の関係を確認する為に、各自が今まで「知っている聖句や心の糧にしてきた言葉」を思い出し紙に書いてみることにしました。

あらためて、聖書が身近でないということ、聖句が心の支えになっていないと言う事をつくづく実感しました。

このようなことを通し、今後、み言や生かす言葉を蓄える習慣を付けて、
み言の実体になっていきたいと心から願いました
(注)
👑真のお父様の「光栄の冠」の詩は原理本体論のp61〜2をご参照ください。

🏡サンクチュアリ三代圏教会🔔
      岐阜III mission     高橋まゆみ