「聖書・ヨハネ福音書」解説(5)1章1~5節

)vol.61サンクチュアリ三代圏教会2017年2月no2

「聖書・ヨハネ福音書」解説(5)
ヨハネ福音書1章1~5節
『1:1初めに言があった。
言は神と共にあった。
言は神であった。
1:2この言は初めに神と共にあった。
1:3すべてのものは、これによってできた。
できたもののうち、一つとしてこれよらないものはなかった。
1:4この言に命があった。
そしてこの命は人の光であった。
1:5光はやみの中に輝いている。
そして、やみはこれに勝たなかった。』
.....................
[略解]
〈1:1初めに言(ロゴス)があった。
言は神と共にあった。
言は神であった。 〉
 
    この力強い書き出しは、旧約聖書創世記の「はじめに神は天と地を創造された」に呼応している。
ヨハネ福音書でも「言」が初めから実在していたことと、次に「言」により万物が創造されたことを言い表している。
さて、言(ロゴス)について「原理講論」「統一思想要綱」の説明も以下のように説明している。
[原理講論]
「ロゴスという言葉はギリシャ語で、み言、あるいは理法という意味をもっている。
ヨハネ福音書1章1節以下を見ると、ロゴスは神の対象で、神と授受をなすような関係の位置をとっているという意味のことが書かれている。」
[原理講論・キリスト論p265]

[統一思想要綱]
「目的(創造目的)を中心として、内的性相である知(理性)、情、意の機能と内的形状である観念(概念)、原則(法則)とが授受作用を行ない、その両者の合性体として新生されたのがすなわち、ロゴスだということになる。」[統一思想要綱p38]

    ロゴス(言)はギリシャ哲学では盛んに用いられ、原理、理性、法則、言語などの意味を持っており、世界の根底に横たわっている理性的な法則または生命力と解されていた。

ヨハネ福音書のロゴスは、単なる哲学的・神学的・神話的思想ではなく、神的人格者であって、神の特質を具備した神の啓示である。
それは神と本質を同じくし、神の「言」として神をあらわす存在であり、神と同様に〈初めに〉万物に先立ち、時の流れもまだ始まらない太初原始から実在してしていた。

〈1:3すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。〉
ロゴスは神の創造に参与し、その働きをなしとげた。
創造者は神であるが、神は創造をロゴスの手を通して成し遂げられたのである。
しかし、ヨハネによると、ロゴスの働きには、創造と並んで救済があり、それが福音書の重要な内実をなしている。

〈1:4この言に命があった。
そしてこの命は人の光であった。〉

    ロゴスの本質として、「命」「光」とがあげられている。
ロゴスに本来的に存在している「命」、生物的な命により象徴されている神的な永遠の命にあずかることによって、人間の生存に必要な「光」を受ける。
光は万物を照らす太陽の光に象徴されている。
知恵と救いの光、この世と人の暗黒を照らす神的な光である。
真実を照らす啓示の光であり、聖なる光である。
それは命を得ることによって得られるもの、命と光とは二つであって一つである。
光によって人間は生かされ、救われる。
その光を受けないと、人間には暗黒と死があるのみ。

〈1:5光はやみの中に輝いている。
そして、やみはこれに勝たなかった。〉
亨進ニムは、
『光と闇の両方を選ぶことはできません。
光と闇のどちらかを選ばなければなりません。』と語られている。
 
創造の時以来、ロゴスの光は世の暗黒を照らしている。
光は天地創造の初めに現れ、万物は光にあって造られたのだから、たとい人間が罪を犯し、神から離れ、暗黒の世にさまよっていても、ロゴスの光は彼らを照らしている。
「やみ」は神から離れ去った世の本質であって、常に光と争っている。
両者は相いれない二つの原理、対立的力である。


そして、やみはこれに勝たなかった。
勝つことができない。永遠にできない。ロゴスは永遠の勝利者だからである。
〈勝たなかった〉は、「悟れなかった」や「理解しなかった」とも訳すことができ、ロゴスがこの世から理解されないで、常に敵視されている有様をさすことになり、後のイエスの悲劇をさし示すことになる。
※参考[聖書略解]
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亨進二代王のメッセージ
「私はどこに住んでいますか?
善と悪の両方を選ぶことはできません。
善と悪のどちらかを選ばなくてはなりません。
光と闇の両方を選ぶことはできません。
光と闇のどちらかを選ばなければなりません。
結婚と姦通の両方を選ぶことはできません。
結婚と姦通のどちらかを選ばなければなりません。」

真のお父様が云われる「正午定着」に立つためには、私たちの内面が神の光である真実の光に照らされ、聖なる神の光の中に臨在する必要があります。
この世である世界は闇に覆われ、サタン(ルーシェル)が支配しております。
今回トランプ氏が米国大統領に選ばれたことは、サタン世界の牙城にクサビを打ち込んだことになります。
サタンが先駆けて築こうとした新たな共産主義社会世界統一政府(NWO)の社会体制である国際金融資本家を中心とした政治・経済・宗教・科学・マスコミ等のグローバル化を阻止できる道がまさに開かれつつあります。
そして、それは新たな神の国と神の義を探し立てる出発の起点と成り得るに違いないでしょう。
(注釈)
世界統一政府(NWO)とは?
    2050年ごろまでに超富裕層と貧困層による超格差社会が建設され、ロスチャイルドやロックフェラーなどの財閥当主が支配層となる。
世界人口は10億人(一説によれば5億人)まで減らされる。
人口の割り当ては、中国と日本を合わせて5億人、日本だけで6000〜7500万人。これはアジア系が権威や権力に弱く従順で扱いやすいためとされる。
ヘンリー・キッシンジャーは「アメリカの人口は1億人で十分だ」と言っていたとされる(2010年代現在は3億人)。
秘密結社の究極の目的は儀式を行い、世界統一政府の建設にある。
他の陰謀はこの目的のための手段として行われる。

(出典 陰謀論の一覧ーWikipedia)

https://m.youtube.com/watch?v=mKfUM_I2048

サンクチュアリ三代圏教会
        教会長    平井   松夫