世の罪を取り除く神の子羊!ヨハネ福音書1:29~34

vol.63サンクチュアリ三代圏教会聖書・ヨハネ福音書1:29~34解説(7)便り!

 

聖書・ヨハネ福音書解説(7)

<見よ、世の罪を取り除く神の小羊!>
ヨハネ福音書1:29~34
『1:29その翌日、ヨハネはイエスが自分の方にこられるのを見て言った、「見よ、世の罪を取り除く神の小羊。 1:30『わたしのあとに来るかたは、わたしよりもすぐれたかたである。わたしよりも先におられたからである』とわたしが言ったのは、この人のことである。
1:31わたしはこのかたを知らなかった。しかし、このかたがイスラエルに現れてくださるそのことのために、わたしはきて、水でバプテスマを授けているのである」。
1:32ヨハネはまたあかしをして言った、「わたしは、御霊がはとのように天から下って、彼の上にとどまるのを見た。
1:33わたしはこの人を知らなかった。しかし、水でバプテスマを授けるようにと、わたしをおつかわしになったそのかたが、わたしに言われた、『ある人の上に、御霊が下ってとどまるのを見たら、その人こそは、御霊によってバプテスマを授けるかたである』。 1:34わたしはそれを見たので、このかたこそ神の子であると、あかしをしたのである」。』
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〈見よ、世の罪を取り除く神の小羊〉
[略解]
イエスの上に〈御霊が下ってとどまる〉ヨハネ1:34)のを見たので、その方こそ神の子であり救い主=キリスト=メシヤであると洗礼ヨハネは証した。
御霊とは昼の神様である聖霊のことであるが、聖霊について原理講論は下記のように書かれている。
[原理講論p267]
『聖霊は真の母として、また後のエバとして来られた方であるので、聖霊を受けなくては、イエスの前に新婦として立つことができない。
また、聖霊は慰労と感動の働きをなさるのであり(Iコリント12:3)、エバが犯した罪を蕩減復帰されるので、罪の悔い改めの業をしなければならないのである
さらに、イエスは男性であられるので、天(陽)において、また、聖霊は女性であられるので、地(陰)において、業(役事)をなさるのである。』
『父母の愛がなくては、新たな命が生まれることはできない。
それゆえ、我々がIコリント12章3節に記録されているみ言のように、聖霊の感動によって、イエスを救い主として信じるようになれば、霊的な真の父であるイエスと、霊的な真の母である聖霊との授受作用によって生ずる霊的な真の父母の愛を受けるようになる。
そうすればここで、彼を信じる信徒たちは、その愛によって新たな命が注入され、新しい霊的自我に重生を受けることによって、原罪を清算しなければならないのである
イエスは、人間の肉的重生による肉的救いのため、必然的に、再臨されるようになる。』
すなわち、私達の真のお父様、文鮮明師こそ、再臨のお方なのである。
ゆえに、今、いかなる歴史の時点に遭遇しているかということをよくよく噛み締め、
真のお父様の代身者、相続者である亨進ニム、三大王権にむかって、        
凛と垂直に立ちしっかりと歩んで行きたいと、さらに決意を深めるものである。
ヨハネ1:29〈世の罪を取り除く神の小羊〉
『わたしは光としてこの世にきた。
それは、わたしを信じる者が、やみのうちにとどまらないようになるためである。』ヨハネ12:46
イエス様が真実を照らす聖なる光をもってこの堕落世界に来られた目的、それはサタンの支配する闇の世界に留まっている私たちを解放するためである。
『ところが、人間はメシヤ(救い主)たるイエス様を殺すという大罪を再び犯してしまったのです。
それゆえ、今日人類が被っている苦痛は、当然通過しなければならない贖罪の過程であり、神様の悲しみは依然として続いているのです。
    神様が15歳の私に現れたのは、人類始祖の犯した罪の根が何であるかを伝え、罪と堕落のない平和世界を築こうとされたためでした。
人類が犯した罪を贖罪し、太古の平和世界を復元するように、というのが、私が神様から授かった厳重なみ言でした。』文鮮明著[平和を愛する世界人としてp89]
と真のお父様は語られておられる。
闇であるサタンの支配から逃れ、光であるメシヤの内にとどまるには、
スローガン〈正午定着!起きよ、光を放て!〉
朝起きる瞬時にも神様の聖なる真の光の中に正午定着に立てるよう心を整え目覚め神の聖なる光を受け、光を放つ者となって光の中を歩いていく心で生活を成してまいりましょう。
 
この意味をよく理解し、メシヤである真のお父様の光を垂直に受け、目覚め!その光を放つ者になれるよう歩んで下さらんことを願う次第です。
サンクチュアリ三代圏教会
       教会長   平井   松夫