カナの婚礼!ヨハネ福音書2章1~12節

                                

 

vol.65サンクチュアリ三代圏教会聖書・ヨハネ福音書解説(8)便り!2017年3月no2
これから、2章にはいります。
    聖書・ヨハネ福音書第2章には、有名な出来事として「カナの婚礼」と「イエスの神殿きよめ」の場面がでてきます。
☆この二つの事件は、私達教会内部で遭遇している事実とあまりにも類似した共通点があり、この戦いは、すでにイエス様の時から予知されたサタンとの闘いなのです。口惜しいことしきりでありますが、ともにサタンの策略侵略に敏感に憤慨心を持って読み進めてくださいますよう。
☆過去の出来事ではありますが、歴然として現実のものなのです。サタンは歴然として、今も闇にいて、働きかけてくるのです。
ヨハネ1:32に『ヨハネはまたあかしをして言った、「わたしは、御霊がはとのように天から下って、彼の上にとどまるのを見た。 」』とあるように、聖霊を100%宿した聖殿としてのイエス様は、本来母マリヤの協力を得て神様の祝福結婚を通して家庭基台を確立するべきであったのにもかかわらず、母マリヤの無知と不信ゆえ家庭も持つことができずついにイエス様は30歳から公生涯を出発せざるを得ませんでした。
マリヤの母子協助が得られなかったことを示すカナの婚礼の場面です。
・・・・・・・・   
[カナの婚礼]
ヨハネ福音書2:1~12
『2:1三日目にガリラヤのカナに婚礼があって、イエスの母がそこにいた。
2:2イエスも弟子たちも、その婚礼に招かれた。
2:3ぶどう酒がなくなったので、母はイエスに言った、「ぶどう酒がなくなってしまいました」。
2:4イエスは母に言われた、「婦人よ、あなたは、わたしと、なんの係わりがありますか。わたしの時は、まだきていません」。
2:5母は僕たちに言った、「このかたが、あなたがたに言いつけることは、なんでもして下さい」。
2:6そこには、ユダヤ人のきよめのならわしに従って、それぞれ四、五斗もはいる石の水がめが、六つ置いてあった。
2:7イエスは彼らに「かめに水をいっぱい入れなさい」と言われたので、彼らは口のところまでいっぱいに入れた。
2:8そこで彼らに言われた、「さあ、くんで、料理がしらのところに持って行きなさい」。すると、彼らは持って行った。
2:9料理がしらは、ぶどう酒になった水をなめてみたが、それがどこからきたのか知らなかったので、(水をくんだ僕たちは知っていた)花婿を呼んで 2:10言った、「どんな人でも、初めによいぶどう酒を出して、酔いがまわったころにわるいのを出すものだ。それだのに、あなたはよいぶどう酒を今までとっておかれました」。
2:11イエスは、この最初のしるしをガリラヤのカナで行い、その栄光を現された。そして弟子たちはイエスを信じた
2:12そののち、イエスは、その母、兄弟たち、弟子たちと一緒に、カペナウムに下って、幾日かそこにとどまられた。』
・・・・・・・・・・

[解説]
〈カナの婚礼〉
カナの婚礼は、イエスが「しるし」(奇跡)を行なって、自らの栄光を世に現した最初の出来事の記事。
イエス様が第二次摂理の十字架路程を歩まざるを得なかったのは、母マリヤや氏族がイエス様の使命を理解しなかったゆえ、家庭基台が確立できなかったのです。
誰よりもイエス様の花嫁を準備しなければならなかった母マリヤに「婦人よ、あなたは、わたしと、なんの係わりがありますか。わたしの時は、まだきていません」と話しかけなければならなかったイエス様の心中はいかばかりだったでしょうか?
 
☆真のお父様も再臨摂理の出発において、第一のお母様、第ニのお母様、そして第三のお母様へと移行せざるを得なかったことを鑑みても、家庭基台を確立することがいかに大変で困難であったか計り知らされます。
☆心許無いお母様に一縷の望みをかけ、許しながら許しながら引っ張って来られた真のお父様、最終段階の基元節を前にして聖和されなければならなかったお父様の心中はいかばかりかと、お察しするにも余りあるものがあり、心から申し訳ない限りで悔いるものです。
☆ほとんどお父様の勝利の土台の上に韓オモニ氏がほんの少しわずか3%でも勝利することができていたなら、聖霊の実体として昼の神様ができ天宙王国が実現していたと窺い知る時に、見えざる闇の勢力の主体サタン(魔の手)にもっと私達は敏感にならなければと痛感するばかりです。
・・・・・・・・・・
   さらに、原理本体論(p671〜672)では下記の通り書かれています。
『イエス様はヨセフ家庭で、30年間、祝福の基台を立てようとされました。しかし、母であるマリヤとその夫ヨセフが協力してくれなくて、花嫁を得る道がふさがれたのです。
ザカリヤ家庭が協力してくれなかったのは言うまでもありません。
イエス様は結局、霊的基盤を求めて公生涯を出発します。』
『母親であるマリヤの親戚の婚礼が、ガリラヤのカナでありました。
〈中略〉
イエス様とその弟子たちも婚礼に呼ばれて(ヨハネ2:2)その家に行きます。
イエス様がそこに行った目的は二つありました。
一つは、母の心を刺激するためです
母の親戚が結婚するので、手伝いながら息子のイエス様の結婚のことを考えてほしいと願ったからです
    ところが母のマリヤは、イエス様の結婚のことを少しも考えず、「ぶどう酒がなくなってしまいました」(ヨハネ2:3)とイエス様に言います。
その時、イエス様が、「婦人よ、あなたは、わたしと、なんの係わりがありますか。わたしの時は、まだきていません」(ヨハネ2:4)と言い返します。
    二つ目は、イエス様が家を出て、み言を伝えるために歩き回っていたので、おなかが空き、祝いの席に行って、一度弟子たちにも食べさせようと思ったからです。
〈中略〉
イエス様は母の心を動かして結婚しようと考えましたが、そのようにはなりませんでした
イエス様は弟子たちを連れて婚礼の席に行って、み旨を少しでも進めようとされましたが、それもかないませんでした。
それで、イエス様は母とは呼ばす、婦人と呼んで咎められたのです。』
『そのあと、弟子たちと母マリヤがイエス様を尋ねてきた時、イエス様の弟子たちが「ごらんなさい。あなたの母上と兄弟がたが、あなたに話そうと思って、外に立っておられます」(マタイ12:47)と、イエス様に伝えます。
イエス様が「わたしの母とは、だれのことか」と言われ、弟子たちのほうを指して「ごらんなさい。ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる。天にいますわたしの父のみこころを行う者はだれでも、わたしの兄弟、また姉妹、また母なのである」(マタイ12:48〜50)と言われました。
このようにイエス様の恨みはさらに深まり、胸には消し去ることのできない傷が残ったのです。』
・・・・・・・・・・
    神様が人間を創造した本来の目的については、以下のようなみ言を真のお父様は語られておられます。
神様が人間を創造した究極的な目的は、真の愛を中心とした理想家庭の完成を通して喜びを感じることである。』
『 神様も、どこかへ外出しても、懐かしく思い、再び訪ねてこられる家庭を築きなさいというのです。
父母が子女の家を訪ねるように、喜びの心で気楽に訪ねられる家庭を準備しなさいということです。それが、正に神様に侍って暮らす生活です。』
『そのような家庭では、神様が縦的に良心の主体になり、皆様の心は、その縦的主体に従って自分自身の縦的主体の立場に立って、心と体を統一するのです。
そこでは、父母の愛、夫婦の愛、子女の愛、兄弟姉妹の愛という四大愛を中心に、四大心情圏が完成するのです。このような家庭であってこそ、上下、前後、左右が一つに連結された球形運動を継続するようになり、したがって、永存する神様のモデル的理想家庭と国家と平和王国になるのです。』
 
サンクチュアリ三代圏教会
        教会長    平井   松夫