新しく生れなければ、神の国を見ることはできない!ヨハネ福音書3章1〜12節解説(10)

vol.67サンクチュアリ三代圏教会メール送信便り!2017年3月no5
 
聖書・ヨハネ福音書三章に入ります。
[新しく生れなければ、神の国を見ることはできない]
ヨハネ福音書3章1〜12節(10)
『3:1パリサイ人のひとりで、その名をニコデモというユダヤ人の指導者があった。 
3:2この人が夜イエスのもとにきて言った、「先生、わたしたちはあなたが神からこられた教師であることを知っています。神がご一緒でないなら、あなたがなさっておられるようなしるしは、だれにもできはしません」。 
3:3イエスは答えて言われた、「よくよくあなたに言っておく。だれでも新しく生れなければ、神の国を見ることはできない」。 
3:4ニコデモは言った、「人は年をとってから生れることが、どうしてできますか。もう一度、母の胎にはいって生れることができましょうか」。 
3:5イエスは答えられた、「よくよくあなたに言っておく。だれでも、水と霊とから生れなければ、神の国にはいることはできない。 
3:6肉から生れる者は肉であり、霊から生れる者は霊である。 
3:7あなたがたは新しく生れなければならないと、わたしが言ったからとて、不思議に思うには及ばない。 
3:8風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞くが、それがどこからきて、どこへ行くかは知らない。霊から生れる者もみな、それと同じである」。 
3:9ニコデモはイエスに答えて言った、「どうして、そんなことがあり得ましょうか」。 
3:10イエスは彼に答えて言われた、「あなたはイスラエルの教師でありながら、これぐらいのことがわからないのか。
3:11よくよく言っておく。わたしたちは自分の知っていることを語り、また自分の見たことをあかししているのに、あなたがたはわたしたちのあかしを受けいれない。 
3:12わたしが地上のことを語っているのに、あなたがたが信じないならば、天上のことを語った場合、どうしてそれを信じるだろうか。』
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[解説]
新しく生まれるとは「再生・変革」
「神の救いの賜物を受けると、私たちの霊的生活は変革される。
私たちが、神から新しい命を受けるからである。
聖書は、私たちが生まれかわった者であり、新しく創造された者であると語っている。
この新生は、私たちの生活における神の聖霊の働きである。
 
イエスは、ユダヤの指導者ニコデモとの会話において『はっきり言っておく。人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない』(ヨハネ3:3)と語った。
パウロは、コリント第二5章7節で『だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた』と言っている。
 
神の国に入るとは、イエスがしばしば語っているように、私たちの心の中において神の聖霊が働くことによってもたらされる霊的変革を受けることに外ならない。
イエス・キリストへの信仰によって、この変革は実現される。
 
この変革を私たちが理解するのは、ニコデモのように、なかなか難しい。
それが霊的変革だからである。科学的に評価できるものではない。
なぜなら、私たちの五感で観察できるものでもなく、私たちの内に起源を有するものでもないからである。
それは、私たちにもたらされたものであり、私たちの外側に起源がある。
即ち、超越者である創造者なる神から私たちにもたらされたものである。
私たちは、神のこの業を完全には理解できないが、キリストを信じる者は、聖書が語る新生という変革が現実であることを確かに知っている。
 
聖霊が私たちの霊に働くことが、変革された新しい命の始まりである。
以前は、自己中心に操られ破壊的衝動に駆られていたが、キリストへの信仰と聖霊の業によって、私たちの感情は、神や他者を愛する傾向へと導かれる。
以前は、この世界において自分自身の安心を確立しようと空しい努力を続けてきたが、新生した者の現在や未来は、神との和解、即ち、キリストを信じ神との新しい交わりに入ることによって、今や、完全に保証されている。
 
私たちは、もはや、古い迷信、偶像崇拝、罪深い衝動の奴隷ではない。
むしろ、私たちは、神と調和して生きる信仰者としてこの被造世界に住む新しい自由を持ったのである(エペソ2:3〜7)。
さらに、キリストを、神の前における私たちの代表者とすることによって、神からキリストが受けた賜物と同じものを私たちもまた共有できる未来を待ち望むのである(エペソ1・13〜14、2:6〜7)
神は、イエス・キリストを信ずる信仰によって神と和解した者に、このような命を与えると約束したのである。」
参照[David N Murchie書籍より]
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亨進二代王  説教「大胆な王国」2017.3.12より
『しかしトランプを当選させた過程というものは、この選挙制度を通して、ほとんど勝ち目のない負けるしかない戦いをしようというものでした。
そこに愛国者たち、福音派キリスト教徒たちが集結して国のトップに悪魔崇拝をするものを据えるのを防ごうとしたのです。だからトランプを好んでいなくても、たとえ洗練されていなくてもトランプに投票することにしたのです。その過程を通してトランプがアベル側人物として立ったのです。
その中においてミクロ圏での動きがアメリカだけでなくヨーロッパにも影響し、そればかりかアジアにまで及んだのです。』
 
亨進二代王はこれからの摂理は家庭連合とではなく、サンクチュアリ教会と福音派キリスト教徒によって進んでいくと語られている。
福音主義教会とは、「新しく生まれ変わった者たちの集まりである」と高名な神学者(ミラード・エリクソン)が云われる。
福音派キリスト教徒の生き方に下記のような賛美歌がある。
新聖歌446番〈あなたの罪過ちは〉
「あなたの罪過ちは 始末されてあるか
神なるキリスト・イエスを 信じ救われたか
※(くり返し部分)
罪を悔いて 誰もすがれイエスに
イエスは十字架の血潮で 罪を清め給う 

あなたは毎日イエスの側を歩いてるか
イエスの十字架をばいつも 見て暮らしておるか
※(くり返し) 

花婿なるキリストを 迎えに出られるか
罪の染みのない服を 毎日着ているか
※(くり返し)

少しでも罪の染みが 付いておったならば
イエスの血潮で白くし 主に喜ばれよう
※(くり返し) 」
Lyrics & Music Elisha A. Hoffman 1878
☆福音派キリスト教徒の信仰姿勢には驚くべき高い精神性がある。
私たちは真のお父様によって新生(重生)、復活しているはずであるが、その実感が乏しい食口が多いことが今日までの家庭連合の問題であったと考える。
☆真の意味で私たち一人ひとりの内的覚醒がなされない限り、また、そのことはそのままサンクチュアリ教会の問題ともなりうるのである。
☆ユダヤ・キリスト教の唯一神から程遠く、八百万の神々を永く信奉してきた日本人である私たち自身がキリスト、メシヤ、真のお父様に出会い、亨進二代王につながり、この驚くべき事実を前にして、いかに自らが変革されたかが唯一問われるところであろう。
なお、人格と魂の新生復活における御霊の実は「愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制」[ガラテヤ5:22である。
 
☆私たちが神様の真の聖なる光の前に「正午定着」し、サタンである闇に支配されることなく、新生(重生)した心と魂となり、目覚めて自らが光を放つ者になれるよう励んでいくしかない。
サンクチュアリ三代圏教会
        教会長    平井    松夫