聖書・ヨハネ福音書解説(11)神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった! ヨハネ3章16〜21節

 

vol.68サンクチュアリ三代圏教会メール通信便り!2017月3月no5
 
聖書・ヨハネ福音書解説(11)
神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった
ヨハネ福音書3章16〜21節
 
『3:16神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。 
3:17神が御子を世につかわされたのは、世をさばくためではなく、御子によって、この世が救われるためである。 
3:18彼を信じる者は、さばかれない。信じない者は、すでにさばかれている。神のひとり子の名を信じることをしないからである。 
3:19そのさばきというのは、光がこの世にきたのに、人々はそのおこないが悪いために、光よりもやみの方を愛したことである。 
3:20悪を行っている者はみな光を憎む。そして、そのおこないが明るみに出されるのを恐れて、光にこようとはしない。
3:21しかし、真理を行っている者は光に来る。その人のおこないの、神にあってなされたということが、明らかにされるためである。』
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[略解]
ヨハネ3:16〈神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった
このみ言は「聖書の中の聖書」といわれ、「小聖書」といわれる。
抽象的な神の愛でない、自分の愛する子を差しだされる父なる神の愛。
私たちの代わりに愛する父に見捨てられる子なるキリスト。
そこに神様の愛が現されている。
『神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。』
このみ言は聖書の中心主題されている聖句である。
 
救いの源は神であり、神の恵みの働き、すなわち愛である。
神は愛である(ヨハネ第一4:8)。神の愛は〈この世〉のために、〈そのひとり子を賜う〉ほどであった(ヨハネ第一4:9)。
神にそむき、神を憎むこの世のため、すなわち敵のために、おのれの愛する子を犠牲にされた、それが神の愛である(ヨハネ第一4:10、ローマ5:8)。
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☆さて、ヨハネ福音書3章16節『神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。』については各自一人ひとりが各々このみ言の中に流れる神の愛と神の痛みをどれほど感じ入ることができるかにかかっている。
☆この真価をよく理解・痛感されるためには、是非二世の質問にお答えになった亨進様のみ言(以下文)の内容を参考にされて、心深く見つめて下さることを願います。
☆私たち罪人のために神が最愛の独り子(イエス様、真のお父様)を差しだして下さった愛の大きさ、神の痛み、驚くべき救いのみ業に、私はどのように報いたらいいのだろうか!
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3月26日亨進様 質疑応答

質問者:これからは二世の時代となってきたと大人が良く言いますが、私たち二世はどのような道に進むのが一番望ましいのか。これかの進路について参考にしたいのでそれに対する具体的な仕事があったら教えてください。

亨進様:あなたは死ななければなりません。私は二世についてこのような話をいつも聞きます。これはまったくの異端です。それはあなたを支配したいと思っている天使長によってあなたの上に置かれたものです。あなたが二世でありそれが偉大な世代となるということは関係ありません。

あなたが死ぬことでキリストが生きる場合にのみあなたは偉大だと言えるのです。ですからあなたは死ななければならず、そうすればキリストが生きるのです。あなたの世代がキリストに対して死に、キリストの意思とキリストの望みがあなたを通して生かされるなら良い世代になります。

自分の栄光や自分自身の愚かな世代を追い求めるならあなたはサタン的なのです。ですから二世にとって重要な事は死ぬことです。自分を高めることをやめて死ななければなりません。死んでキリストを生かしなさい。そうすればあなたに求められることと神様があなたに与えた贈り物の価値を持つのです。

このような話は沢山聞きました。あなたがそのように言われるのを聞いたら注意しなさい。それは天使長がおそらくあなたの自尊心を引き出そうとしているという事です。あなたが特別な世代であり、偉くなるためには彼らの言う事を聞かなければならないと信じ込ませようとしているのです。

そうではなく、あなたはキリストに対して死ななければなりません。そうすればキリストが彼の意思を実行するようにあなたを導きます。

キリストのために死ななければならないとは、自分をなくすという事です。神様があなたを通して生きて働くようにしてその道具とならなければなりません。

死ななければならないとはあなたの自尊心、ナルシシズム、栄光を求める願望といったものすべてが死ななければならないという事です。

若者はいつも多くの栄光を求めるのが問題です。そのために容易に誘惑を受け、容易に騙されてしまうのです。ですからそのような話を聞いたら注意して、もしかしたらこの人は天使長かもしれない、私に過剰な自尊心を持たせて騙そうとしているのかもしれないと。

自分で自分を高めようとするだけなら弱く脆いのです。少しでも躓くことがあると粉々に砕け散ります。ソーシャル・ジャスティス・ウォーリアーや頭のおかしいリベラルのように。彼らはとても弱いのです。

しかし、キリストのために死ぬ人は自尊心や自分の願望から抜け出て神様の答えを探し求めます。それは自分の命がどのように使われるかということであり、自分の栄光や目的ではなく神様の目的のためです。

彼らはもっと強くなります。なぜなら彼らは反対に会うときも神様のみ旨を追及するために困難や迫害を喜んで受けるというのです。ですからキリストのために死ぬならもっと強くなるのです。

天使長は、あなたはキリストのために死ぬことはできない、それはひどい話だ、自分が大切だと言うのです。愚かな有名人のカルトやメディアのプロパガンダもすべて自分、自分、自分が大切だと言うのです。それはばかげています。人生の中で反対に会うと砕け散ってしまうでしょう。

二世が特別な世代だとかいう話は沢山聞きましたが、それはまったく異端的なのです。それは堕落した二世の指導者たちによって広められたような事です。つまり力のブロックを作り出してお父様から分断し自分の縄張りのように支配するためにこの異端を広めていたのです。先輩の祝福子女が小さな縄張りのように彼らを支配できるという事です。

お父様は様々な世代について話をされましたが、決して自分を勝ち誇り、自分を大きく見せ、自己崇拝するような世代になるようには言っていません。しかし、私達の運動の中で全体が異端になってしまいました。

キリストのために死ぬという事、それこそが特別な世代だというのです。特別な世代というのは、そこから離れてキリストにその世代を所有させるのが神を中心とした世代なのです。

若者はまだ我が強く自己愛が強く、うぬぼれも強いので容易にその異端的な考えに誘い込まれてしまいます。ですから注意していなければなりません。誰かが助けてくれようとしているのではなく、あなたをある組織に深く入り込ませて支配しようとしているのです。

ですからそのような話を聞いたときは注意してください。

翻訳:BAMBOOS  サンクチュアリNEWSより

   サンクチュアリ三代圏教会   教会長 平井 松夫